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独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

故郷は遠きにありて…

日常,世の中

ついに「笑っていいとも」が来週月曜日で終了します。私としては、今後は博識のタモリさんらしい、ゆるーい、しかし深ーい、楽しい番組が登場することに期待できると考えているので大歓迎であります。タモリさんと言えば「福岡出身」の代表格ですが、私も生れは「福岡・博多」です。

写真は博多駅f:id:fpclu:20131217140053j:plain
「私、実は博多生れなんです。」と人に言う時、何故か自慢げな気持ちになるのではどうしてでしょう? (以下、博多と表記させてもらいます)
確かに戸籍謄本にも福岡市生まれと記されているし、3歳前後まで住んでいたのは事実なのですが残念ながら幼少期の「博多」の記憶は一切残っていないのです。それでもなんだか自慢したくなる「博多生れ」なのです。


生まれた街の記憶が無く、幼少期から思春期にかけて都内の4つの地域を転々とした私には、さびしいことに故郷と感じられる場所がないのです。現在住んでいる国立は「良き我が街」ではあるのですが、懐かしの故郷とは少し違います。妻の実家が札幌であったことは、故郷の無い私には幸運で、北海道は第二の故郷だと私は勝手に解釈しているのです。大きくて新しくて、旨いものが沢山あり、厳しいけれど雄大な自然に恵まれた、自慢したくなる第二の故郷ですが、やはり私には第一の故郷がないのです。


昨年9月に急な出張で久しぶりに第二の故郷・札幌を訪ねた折には、日帰りだったために「美味しい魚とお酒」にはあり付けなかったのですが、ホテルのラウンジで久々に義母とよもやま話を楽しみました。札幌に行くとそれだけでなにかわくわくするものです。


そのあとの11月にたままた仕事で訪れたのが、私が幼稚園に2年程通い、小学校2年生の途中まで住んでいた世田谷区の池ノ上という街でした。博多とは違ってこの街のことはほんの少しだが記憶に残っており、懐かしい思いで駅の周囲をウロウロしてみたのです。f:id:fpclu:20131108123632j:plain
この写真にある道路の左側に我が家が建っていたはずで、50年ほど前に既に相当古い家屋であった我が家はもちろん建て替わっているのですが、この通りで幼稚園児の私は初めての自転車乗りに挑戦したのです。


そして歩いて5分ほどの最寄り駅「池ノ上」の近くには通っていた小学校があるはず。そこで駅の周りを歩いてみると、池ノ上小学校は現存しておりました。関係ない方には全く意味のないことでありましょうが、私にとっては、妙に懐かしく、不思議な散策となったのでした。f:id:fpclu:20131108124533j:plain


そして年末に福岡に出張することになった際には、全く記憶のない博多の街なのに、50数年ぶりの「生れた街のにおい」に酔いしれたのでした。(Kさん、あの時は有難うございました!)
「生れた街」だとか、育った町とか故郷とかをやたらと意識するようになったのは、明らかに歳をとった証拠なのでありましょう。今年、開催する高校の同期OB会は「還暦記念」なのですから、結構な歳になっているのでありますな。