拓郎さんの唄に初めて触れたのがいつだったかのか、あまりに昔なのでよくわからんのです。
私がギターをいじり始めたのは中1の終わりごろで、最初のチャレンジは確かP.P.Mの「パフ」のアルペジオだった。(勿論、禁じられた遊びの前半も・・・)そしてフィンガーピッキングが多少できるようになった頃、どうしても弾きたくなってトライしたのが拓郎さんの数々の曲だった。花嫁になる君に・ある雨の日の情景(・・のイントロ)・兄ちゃんが赤くなった・旅の宿(WITHハモニカ)、などのギターのフレーズがカッコよくて憧れて、夢中で弾いていたのでした。(ピック奏法のほうはリンゴ、祭りのあと、マークⅡ(2)なんかです(^^♪)
たまにNHKで放送される拓郎ライブなどを観ると、知らない曲が結構あって数十年の空白を感じたものでした。
永い永いご無沙汰のあと、オールナイトニッポン・ゴールドに毎月一回登場する拓郎さんに再会したのが数年前のこと。懐かしの青春時代を思い出させてくれる「ラジオの拓郎さん」の声は毎回楽しみだった。そして、その中で何度も語られたのが「最後のアルバム」作りの過程でした。良い仕上がりだ、リリースが楽しみだと自ら語る拓郎さん、これはなんとしても買わなければと、予約購入したのが「ah-面白かった」なのです。聴いてみての感想はといえば「これが最新の、今の拓郎さんなのかあ~」でした。曲想はなんというか穏やかで、詩の内容はちょっと枯れていて「若い頃はイロイロあったけど、あれも私自身だったし、後悔はない、イロイロな出会いがあって最近は彼らと仲良しで楽しいんだ・・・あああ、面白かったなあ〜」と言う感じです。
そしてなによりも「あの頃の声」は無いのです。ご自身も語っているけれど「歳をとれば若い頃のような声は出なくなる」ので「拓郎さんらしいシャウト!」はほぼ皆無でした。「人生を語らず」や「子供に」などの「よくこんな声出せるな」と感心したハイトーンでも力強く野太い感じのあの声は、残念ながらもう無いのです。
歌詞はというと、社会の矛盾や大人たちの嘘に噛みつくような表現もほとんどなく、達観したかのような感じの言葉たちです。
アルバム発売の数か月前に拓郎さんはラジオで、懸賞品付きのクイズを出しました。
「拓郎がもう二度と歌う気にならない曲は何でしょう?」という問題の答えを私は「結婚しようよかな」とか「旅の宿」とか考えたが答えが正解に至らず、その後放送で発表された正解は「祭りのあと」でした。
その理由は・・・岡本おさみ作詞のあの曲の「祭り」とはあの時代のあの社会情勢・学生運動を中心とした市民の特に若者たちの熱気、社会のうねりのようなものの総体だった。その運動の主役たちも大人になって次々に世間に溶け込んでゆき、当時の空気のようなものはもはや全く感じられず、時代は大きく変わってしまった。なので今あの曲を歌う気には到底なれない、というものでした。
達観というか悟りというか、「イロイロあったけど、まあ楽しかったよ」に終始するかのイメージを感じてしまう最後のアルバム。ファンとしてはそれを寂しいと思うのか、大いに共感するのか、拓郎さんとのお付き合いの長さをしみじみ思うのかは様々でしょう。しかし私は、今の拓郎さんにはまだ追いついてはいないのだと感じるのです。後期高齢者の仲間入りをする7年後になれば、私も「ah-面白かった」なんて感じることがあるのだろうか・・・???
今の私の感覚はやはり「今はまだ人生を語らず」だなーーーー!
蛇足ながら、私には寂しく感じるこのアルバムは未曽有のコロナパンデミックの影響によって、制作過程はほぼリモートであったこと、参加ミュージシャンの人数も限られていたことが背景にあると思うので、付記しておきます。