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独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

8月に思うこと~米国からの圧力の歴史

「8月は6日9日15日」(5-7-5で読む)は永六輔氏が毎年8月にラジオで語るのを聞いて、私の頭に刷り込まれた言葉です。つまり、広島、長崎の悲劇と日本の敗戦の日をいつまでも忘れぬようにという標語のようなものです。

私自身は若いころの無関心を恥じ、近頃は日本の先の戦争の悲劇と敗戦に至る経緯で国家が行ったこと、原爆のことそして沖縄のことなどについて少なくとも思いをはせるようにはなっています。8月に思うことはとても重要です。


今年の8月はロンドン五輪でつかの間の平和気分を味わった私たちですが、それと前後して日本の領土権をめぐる軋轢が北方と南方で表面化しています。
「○○は歴史上も国際法上も日本固有の領土であり、ここに領土問題は存在しない」という表現は、ただそれを繰り返すだけではもはや通用しないのではないかと思われます。

民法には「時効取得」の規定があり、他人の土地を一定期間自分の土地として使用していた場合にその占有権が認められる場合があります。そのような考え方は国際関係においても適用されているらしく「50年の実効支配」が有効であるらしいと聞きます。
その時効が成立しないように、自国の権利の主張を国際司法の場に訴え出るとか、色々な対抗処置もあるようなのですが、政治混迷の(或いは戦略無し状態の)日本はやるべきことをしてきたのか疑問でもあります。


ロシア、中国、韓国、台湾とのそれぞれの領土問題は各々で事情背景が異なり、各国の立場も様々ですが、それらの大元になっている共通の「問題の根っこ」がひとつだけあります。それは「1945年の日本の敗戦」です。
恥ずかしながら最近知ったことなのですが、日本の敗戦直前に連合国側が日本に無条件降伏を迫ったポツダム宣言にこのような記述があります。

『日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに吾等の決定する諸小島に限られなければならない。』

日本周辺の島々の領有権については戦勝国側(実質的にはアメリカ)が決定するということです。そしてその後、講和条約や国家間交渉などを経てもあいまいさが残されたり、解釈が二転三転した経緯もあるようです。ひょっとすると日本周辺の領土問題は、直接的支配から撤退するに際してアメリカが戦略上あえて残した「火種」なのではないかとも思えてしまいます。
今、日本周辺で起きている領土をめぐる小競り合いを、火種の落とし主であるアメリカはどのように次の一手として活用することになるのでしょうか。


私たちが未来のために歴史を学ぶのだとすれば、現代社会に直接連続している昭和の歴史は今の日本人にとって最も重要な歴史である思います。しかし実際には中学でも高校でも、いつも3学期の時間切れでろくに勉強したことがないのです。ひょっとするとこのことは国民は無知な方がいいのだと考える官僚の(例えば文部科学省)の戦略かもしれません。

昭和史無学なこの私が強く興味を覚えて発売次第購入した戦後史の本が孫崎享氏の最新刊「戦後史の正体」です。元外務官僚である孫崎享氏については昨年来ツイッターでその言説を目にして来ましたが、外務官僚としての豊富な経験に基づいた見識は大いに信頼できるといつも感じていました。

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)


その孫崎氏の最新刊の帯に書かれたキャッチコピーがこの本の価値を端的に示しています。

「元外務省・国際情報局長が最大のタブー「米国からの圧力」を軸に戦後70年を読み解く!」

これを読み進むにつれて、暗澹たる気持ちになったという書評も目にしましたが、私自身は、なんだか妙に清々しい気持ちになっています。日頃なんとなく感じていた「わが日本は本当はまだアメリカの植民地なのではないだろうか」というあいまいな疑問が、多くの史実の把握とともに、明確な問題意識として浮かび上がって来たのです。


日本の国家統治構造のこと、検察、司法の権力の背景、政治家とお役所の関係性、平和と安全保障と自衛隊のこと、沖縄問題、原発問題、アジア問題、財界の姿勢、マスコミのスタンスなど、すべての日本の問題の根源に流れているのは「米国からの圧力」である。
日本の戦後政治は常に「対米追従路線」と「自主路線」とのせめぎ合いである。
やはりそうだったのかと納得したり、まさかそんな事だったとはと驚愕したりの連続でしたが、今は、日本の戦後の現実を知らされてかえってすっきりした気分ですらあるのです。


米国からの圧力とかCIAの陰謀とかの表現に対しては「スパイ小説の読み過ぎ」と揶揄する輩もおられるらしいですが、現実には「事実は小説より奇なり」なのだと思います。
日本は明らかにアメリカの戦略上の駒で有り続けている。このことを現実として明確に意識していなければ、国の指針にかかわる判断や決定は何事も上っ面のごまかしに終わり、何も解決さず、何も進まないのだということに気づいた無学な私です。
本当はそういうことは国の中枢にお任せして、私たちは日々の暮らしを懸命に追えば良いのでしょうが、残念ながら現在の日本には「お任せして大丈夫な中枢は存在しない」と考えるべきでしょう。勉強が必要なのです。


若者たちの、子供たちの未来を少しでも明るいものにしたいと思う多くの日本人に読んでもらいたいものです。