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独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

日本を甦らせる政治思想

日本を甦らせる政治思想~現代コミュニタリアニズム入門 (講談社現代新書)

日本を甦らせる政治思想~現代コミュニタリアニズム入門 (講談社現代新書)

先日知人との酒席で最近読んだ本の話題になり「それなら俺も読みましたよ」となったのが例のあの本です。そしてその数日後、別の酒席で友人が「俺も今2回目読んでるよ」とおもむろにバッグから取り出して見せたのも、例のあのベストセラー本、先日ブログでも紹介したマイケル・サンデル「これからの正義の話をしよう」でした。


この本は、私も読んでいるよと人に自慢したくなる、ちょいと虚栄心を刺激する要素を持つ書籍だと思います。なんといってもハーバード大学の人気講義を元にしたれっきとした政治哲学の本なのですし、装丁も奇麗だし、テレビで見たサンデル教授もなかなかカッコヨイ。


若干の見栄もあって買った人も結構いるのではないかと思います。実は私自身もそういうことを感じます。「私はこういう本を読むだけの教養を持ち合わせている人物であるのだよ」ですね。
読書は趣味であり、楽しみであるからには、そういった「見栄」の要素は否定されるべきではないでしょう。しかし、面白かったのは二人とも「よく理解できなかったから今2回目を読んでいる」と見栄を捨てて告白したことでした。そして、私も「俺も読み返してます」と答えたのでした。


この本の題名にある「正義」というのは「犯罪を取り締まる保安官の立場的な」ものよりも、自分以外の他人および公共との正しい接し方・生き方というニュアンスです。この正義を「共通善」と言う言葉で説明しているのが、ここで紹介する講談社新書です。
本屋さんでは、まだまだ売れるサンデル本のすぐ横に(セット商品のごとく)平積みになって置いてあったこの本ですが、その著者は過去にサンデル教授の本を数冊翻訳もしている政治学者です。


共同体を重視し善を実現して生きてゆくこと、共通の善と個人の権利との整合性について悩み考えよう、と提唱するサンデル教授らの思想は「コミュニタリアニズム」といわれるそうです。
コミュタリアニズムとリベラリズムとの論争について、コミュニタリアンの様々な主張とその源泉となる古代の哲学思想との関係などなど、淡々とコミュニタリアニズムの概要を解説する入門書といったところです。


閉そく感に押しつぶされそうな暗いムードの今の日本人は、何か心を奪わるれほどに憧れる輝かしい未来や、必死になって追い求めることのできる未来の希望を探しているように思います。そんな今の日本人には、サンデル教授が提唱する「共通善」を志向して「善く生きよう」というテーマが実はぴたりとはまるのでなないのかな。だから私も魅せられたし、だからサンデル本もずいぶん売れているのではないかなあ。


豊かさとは沢山の物を持てること、成功とは好きなことができるだけの資産を獲得すること、と一途に思い込んで経済成長路線をひた走ってきた結果、日本人が捨てて来たもの、忘れ去ってしまったこと、それが何なのか、必死に思い出そうとしている「歌を忘れたニホンジン」が、今この時期に政治哲学の本に飛びつくのは非常に妥当な気もします。


社会の中でしか生きられない動物である人間が、そのよって立つところをどこに置くのか、生れた地域、家族、親族、国か人種か、共通する習慣や思想なのか、また、そもそも「よって立つ」とはどんな精神状態なのだろうか、共同体を重視するコミュニタリアリズムとはなんだろうか。
自由と平等、権利と義務、個と公共、多様化する価値観の人間がバラバラと生きている世の中で、「善く生きること」とはなんだろう。その答えがこの本に書かれている、ということは勿論ありません。


コミュニタリアニズム入門と副題の付いたこの本はこの思想の概説が目的です。
サンデル教授の白熱教室の講義内容自体とはほぼ無関係ですので、やはりサンデル本を読むことを優先すべきです。流行のサンデル本のエッセンスを知るためにこの本を読むのはやめましょうね。
そもそも「哲学とは悩み続けることなり」ということであり、どこかに回答が書かれていることなどはあり得ないのです。