独立FPの独白ブログ

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■なあにが国技か!大相撲

今も残る「制裁」=問われる角界の体質−時津風部屋暴行事件
 大相撲の時津風部屋で6月に若手力士が死亡した問題は、師匠の時津風親方(元小結双津竜)らが刑事立件されるという異例の事態に発展する可能性が出てきた。死亡との直接の因果関係は別としても、角界の指導の在り方が厳しく問われそうだ。
 相撲部屋には「かわいがり」といって、特定の若手を集中的にしごく慣習がある。親方衆らによると、純粋に期待の若手を鍛える場合と、脱走や盗みなどの不始末をした者への制裁として行う場合があり、後者は辛抱の重要性や集団生活のルールを教え込むのが目的で、鉄拳や竹刀を振るうことも多いという。
 制裁は近年、減る傾向にあった。若い力士の心身がひ弱になったことや、アットホームな雰囲気の少人数の部屋が増えたこと、厳しい指導を望まない親が増えたことなどが理由だ。
 しかし、時太山の場合は、時津風親方らが再三の脱走を理由に挙げており、普段ならけいこが終わる時間帯に事故が起きている点などからも、何らかの制裁だったとみてよさそうだ。親方らの供述通りなら、ビール瓶で殴るなど、けいこの延長線上ではない暴行も加えられたことになる。
 スポーツの世界では、しばしば「愛のムチ」が正当化されてきたが、こうした制裁の慣習が残る社会が、今の時代に受け入れられるのか。角界は「厳しさ」の意味を見詰め直す必要に迫られている。(9月26日 時事通信)


”てめえ、組を抜けるつもりなら覚悟しときや”、とばかりに恫喝し、嫌がる若者を無理やり捕まえて制裁を加える、などと言う行為は暴力団となにも変わらない。


もともと相撲の世界は「理不尽沙汰の百貨店」なのだろうことは大方想像できることですが、そうした理不尽さや度を越した厳しさの背景には「本当の強さを目指す」ための全員の暗黙の同意があってのことでしょう。本当の強さを身に付けさせるために為される一見理不尽なことも、その世界で強くなるためにという一身で、真の愛情から為されることもあるのでしょう。しかし、今の相撲界にそんなものが果たしてどれほど残っているのでしょうか?


現実の相撲界は、本物を目指す本物の勝負士の精神性とは程遠い、権威主義や組織階層意識や既得権益保持体質など(ようするに金と権力と自己満足ですね)、およそ清廉さとはかけ離れた俗物の跋扈する世界と化しているのでは・・・という疑念をぬぐいきれません。


この殺人鬼さながらの大親分とその手下たちの悪行について、コメントを求められたボスの北の海理事長は、またもやまるで責任を感じていない様子のひとこと・・・「捜査の行方を見守る・・・・」だそうです。
つまり、警察沙汰にならないならどんな暴力もOK、ということですね。刑事事件で起訴されない限りは「ビール瓶で殴る」くらいはたいしたことではないのです。なんだ、こいつら????


こんなやつらがトップに鎮座しているような組織がマトモなわけはありません。八百長もきっと真実だろうし、きっとお金にからんだ汚い裏話がゴマンとあるに違いない。そうであれば朝青龍の「オサボリ」などは実に可愛いものであります。


一部の真面目な力士やOBを食い物にしている中味の無い権威主義相撲協会には倫理も社会常識も人間性も何もなく、伝統の傘をかぶった「金権原理主義」たちの巣窟なのでありましょう。


もう「国技」なんて言わないでもらいたい!!!!!