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独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

■団塊のパワーに期待します

世の中

昨夜はNHK教育テレビの団塊の世代特集を見てしまいました。社会学者の橋爪大三郎宮台真司両氏の名前が番組欄にあったからですが、特に期待した宮台氏の登場はなんとビデオでのコメント2〜3分のみと完全に騙された訳でした。
まあ、色々と考えさせられるテーマでもあり、懐かしの映像なども織り込まれていたので、結構楽しくほとんど最後まで見てしまいました。


宮台真司氏がクールに団塊世代を批判的に論評したことに対して、漫画家の蛭子さんはけっこうムッとしていたようですが、団塊世代の方々自身がインタビューへの答えの中でその批判をちゃんと受け止めて理解されているらしいことに好感を覚えました。


ただ単純にベビームームのお蔭で数が多かったというだけなのに、その多さが尋常ではなかったため、社会の動性に大きな影響を及ぼしてきたのがあの方々です。上の世代が築いた制度のなかにどっぷり浸かってひたすら走り、新しいものを生み出すことが無かったとか、付和雷同的事なかれ主義に陥っていたとか、下の世代に伝えるものが無いとか、きらめく才能が出てきていないとか、言われ放題の印象。今朝のTBSの朝の番組でも同様の特集が組まれていましたが、ここでも多くの批判的言辞と共に今後の期待が語られていました。


それにしても、青春時代に色々な新しいものに飛びつき取り入れ拡大させたり、学生運動に命を掛け、挫折し、立ち直って会社人間(組織人間)となって頑張り、その結果バブル生成と崩壊をも経験してしまった。
思えば挫折と再起とを繰り返した世代でもあるかもしれません。また、そもそも「我々の世代は・・・」と自らを語るということは、世代という塊の一員であると意識していることであって、そのこと自体がこの世代が他と少し違う特徴なのかもしれません。だからこそ「団塊」なのでしょうか。


サラリーマンの割合が多いのもこの世代の特徴らしく、そこで大量退職による技量継承の途絶の問題が取りざたされる(2007年問題)のですが、人生100歳時代といわれる日本で60歳定年でその後一切仕事をしないで生きてゆけるなどとは私には到底考えられません。
定年で一旦会社から出たあとは、会社のシバリからも団塊の「塊」からも開放されて、個人個人がそれぞれの立場、地域、分野で自らの主張を発信したり、技量を生かしたりしてゆかれることを望む次第です。


そして、少なくとも年金で余生を・・・などと言って引きこもらずに、基本的には自分で稼ぐ自立老後を送って頂きたいものです。この大勢の方々が自立した老後を送れるかどうかは今後の日本の多くの分野におおいに影響することなのですから。

30年以上も蕎麦打ちだ温泉旅行だゴルフだバンドだと遊んで暮らすなんて、頭がおかしくなりますよ。消費するだけの生活なんて飽きるに決まっています。いつまでも生産者であり生活者であって欲しいです。
老後を70歳からと考えれば、定年後10年間でガッチリ自立のシステム構築を皆さんが実現してくれれば、日本も結構明るい社会になってゆきそうな気がします。


というわけで、団塊世代の潜在パワーに期待します!!