独立FPの独白ブログ

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■志ん朝さんが最高!

古今亭志ん生さんの落語を聴くと何かホッとする感覚を味わうことができます。
特に昭和30年〜37年あたり、脳梗塞で倒れる直前までの最もあぶらの乗り切ったころの高座はまことに素晴らしいです。淡々としていて、あまり物事に拘らず、どんな運命も受け入れて、苦しい時も悲しい時も、笑い飛ばしてしまえるような「達観」した人間のゆとりを感じたりします。
「まあ人間てえものは、そういうもんなんでしょうなあ・・・」という具合です。


落語そのものだけでなく、その人柄や生き様から醸し出される独特の雰囲気で観る者を惹きつけたのは志ん生さんの大きな特徴だと思います。高座に出てくるだけで笑いが起こる落語家など時代を問わずあまりいないでしょう。
ゆったりと平和な気分になりたい時には志ん生さんの滑稽噺が一番ですねえ。(ただし、古い時代の音源なので音の悪さ、聞き取りにくさはある程度覚悟が必要です。)


しかし、そんな志ん生さんの愛弟子であり次男坊である志ん朝さんの落語はお父さんのそれとは少し趣が違います。
志ん朝さんの落語では、しっかりとした語り口、キャラクターの演じ分け、女は色気、男は気風(キップ)を感じさせる演出力と演技力で、キチンとした伝統芸能としての落語の見本を見せてくれているように感じます。
もちろん、文楽、円生、小さんの各師匠の落語でも、キチンとした落語の世界を味わえるのですが、志ん朝さんには更に何か「プラスアルファー」が感じられて仕方がありません。


芸能の世界のことですので、多分に相性というものがあり、そうした意味で私の好みに合っているということもあるでしょうが、どうもそれだけではない、誰をも魅了してしまうような何か普遍的な魅力が志ん朝さんには備わっているように思えます。


志ん朝さんの落語を聞いているといつも「江戸の町」の風が吹いているように感じます。
見たことは無いのですが、本物の江戸っ子に出会った感覚を味わえますし、無教養な私には説明が困難ですが、何か「粋」のようなものを感じるのです。


あの大変な勉強家である立川談志さんが「金を払っても観たいと思う唯一の噺家」と称したほどなのですから、本当に上手い、格好の良い、粋な、華のある本格的な稀有な落語家さんだったと言っていいのでしょう。若くして亡くなられたのは本当に惜しいことです。


志ん朝さんをこれから初めて聴くという人にお奨めを幾つかご紹介します。
とにかくおかしい、面白噺(滑稽話)として、「堀の内」(以前に紹介しましたね)、または「酢豆腐」、「愛宕山」や「化物使い」などをお奨めしましょう。

日本人が本来持つ優しさ、潔さ、奥ゆかしさなど、純粋な心根を感じながら、場面の展開に引き込まれ、泣き笑いしてしまう噺、まるで濃厚なお芝居をじっくり観劇するような気分にもなる噺として、「文七元結」「芝浜」または「百年目」なんかいいですね。
どれもきっと満足すると思いますし、そして間違いなく古典落語が好きになるでしょう。
こうした噺の数々のエッセンスを、折に触れて紹介してゆくこともあるかと思います。



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