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独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

広島カープ、日本シリーズへ!

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イヤア、よかったよかった。ペナントレース制覇からかなりの日が開き、短期決戦の落とし穴を心配していました。万一、カープが負けてしまったら、勝率6割超えのダントツ優勝の覇者でなく、シーズンを負け越した弱いチームが日本一に挑戦権を得ると言うとんでもないことになったのだ。納得出来ん!

日本のプロ野球にはクライマックスシリーズのやり方は、やめた方が良いでしょう。

兎に角、カープが勝ち抜いてホッとしたのです。さあ、悲願達成に向けて、にわかファンとして応援しよう!

競技の沙汰も金しだい?

リオ五輪が閉幕しました。オリンピックでは国と国と対抗意識を超えて、アスリート個々人の技量や、競技やゲーム自体の楽しさを堪能するべしということだそうで、「メダルラッシュだ!日本がんばれ!!」ばっかり叫んでいるのは明らかに五輪精神に反するのです。・・・と分かっちゃいるけど、やっぱりついついメダルの数には意識が行ってしまうのが我ら大衆の性なのですね。
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しかし、今回の日本代表の活躍は素晴らしかったですね、いつになく大いに楽しませて頂きました。参加するアスリートたちはそれぞれの分野でまさに命がけでそれを目指してきたのですから、メダル獲得はやはりとてもめでたいと感じるわけなのです。


リオ五輪で特に目立ったのは、日本の団体競技での大きな成果のように思います。体操男子の団体、競泳のリレー、卓球団体男女の躍進、バドミントンのペア、シンクロのデュオとチーム、そして、全員10秒台の男子100M×4リレー・・・感動しましたね。彼らの団結力の強さに感心し、試合後にお互いに感謝を述べ合う姿に感動し、見ているほうも数倍の涙にむせぶのでした。
日本人のメンタリティを大いに象徴していると感じた人は多いことでしょう。しかし、この日本人精神には功も罪もあり得るという自覚も忘れてはいかんな、と少し冷静にもなった私でした。団結力は本当に価値ある目標に向けて発揮しなければいけないのですから。

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ところで体操の内村さんも表彰式後に触れていましたが、今回大会の「君が代」はあまりにテンポが遅すぎました。あまりのスローテンポに、心を込めて唄えませんでした。どう考えても遅すぎのテンポは、ブラジル人スタッフのせいなのではなく日本側が決めたことのようです。東京五輪では、普通に斉唱できるように修正して頂きたいものです。
国旗や国歌のこと、世界の国々の経済格差のこと、平和の祭典の真っ最中にも内戦や空爆が同時進行していること、スポーツの精神とマネー至上主義のウラオモテのこと、「国」って一体何だろうということ、世界について色々と学びつつ祭りのあとを迎えて、台風直撃の灰色の空に覆われた「雨の日と月曜日」の東京です

銅は本当は「青銅」らしい

f:id:fpclu:20160817171252j:image銅は、カッパーであって、五輪のブロンズメダルは正確には、青銅メダルなんだそうだけど、キンギンドウっていうリズム優先で日本では「銅」なのかな。銅の文字は金と同じと書きます、って言った人もいるらしい。でもそんなことはドウでも良いですね。

日本人みんなのアイドルアスリートとして四半世紀にわたり活躍する愛ちゃんが、団体で銅メダル獲得しました。彼女が率いる卓球チームは、世代を越えて心を一つにし、助け合い、かばい合い、励まし合って、最後にとても素敵な歓喜の涙を見せてくれました。日本中のオッサン、オバハンが、むせび泣いたことでしょう。ニュース映像を何度見ても、その都度泣けてしまいます。

ところで、今回の五輪では何だか日本の銅が多いような気がしますね。決勝戦を逃したあとに懸命に気持ちを切り替えて、あらためてメダル獲得に猛進する日本人選手の精神力の強さ、生真面目さの結果かなと、感心しております。

それにしても、世界中に中国出身の卓球選手はどんだけいるの?なんとかなりませんかしら?

平和を祈る日

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毎年のようにブログで紹介している俳句ですが・・「8月は、6日、9日、15日」

これをラジオで毎夏紹介し、日本の8月を特別な思いをこめて語り続けた永六輔さんが亡くなり、その永さんを励ましながら、自らも闘病生活を長く続けていた大橋巨泉さんも後を追うように逝ってしまった。この1年あまりの間に相次いで亡くなった愛川欣也氏、野坂昭如氏も含めて、昭和の終わりをつくづく感じさせる「戦後焼跡派」の訃報が続きました。
それぞれが先の大戦を子供時代に体験しており、テレビやラジオや文章で、戦争の愚かさと恐ろしさを叫び続けていましたが、その言動の背景にあったのは「常に権力者を疑え」という主張でした。

 

戦争を始めるのはいつも権力者。戦争の犠牲になるのはいつも大衆。民主的国家の「主であるはずの民」に犠牲を強いる「民の代表のはずの権力者」。その暴走と迷走を最小限にとどめるための知恵の結集が「近代憲法」ですが、その本質を理解せず、あるいは理解していない振りをして憲法を都合よく扱おうとする権力者。そして彼らにすり寄って生きる取り巻き達が、結託して作り上げた権益構造。そういうものを徹底して疑えと言い続けた戦後派がまた何人もいなくなってしまって迎えたこの8月です。

 

私が13歳から現在まで殆どの作品を読み続けている筒井康隆氏も、上記の皆さんに近い年代(1934年生まれ)ですが、有り難いことに今も現役バリバリです。筒井康隆氏の初期の小説は、戦争をテーマにした作品が少なくありません。「平和を守ろう!」と声を上げることは無い筒井さんですが、戦争を無くすことが出来ない人類の愚かさや、むしろ争いごとを期待する大衆の心理や、個人の理性を飲み込む世間の空気のパワーなどを、たっぷりの皮肉を込めて描いています。以下は初期の短編「東海道戦争」からの引用です。

「戦争が面白いだと?何てことをいう」

「ほう?すると君は、面白くないのか?」

おれはしばらく、自分の気持ちをほじくり返した。

「そりゃ、少しは面白い」

人間と人間社会を一歩引いた(あるいは一段高みの)視点からクールに見つめる感覚は、大人になってからの私に大いに影響を及ぼし続けています。人間の心が大きく歪んでしまったり、社会が制御不能な狂った状態になることもある、そういう恐怖をいつも周囲に感じている「落ち着かない精神状態」であっても、それでも何とか一応日常を送ることが出来ているのは、筒井さんのおかげだと思っています。

 

先日テレビ放映された「日本のいちばん長い日」を観ました。権力者も大衆も含めて社会全体が狂気から脱出する時のもがき苦しむ様子が淡々と描かれていました。私が生きている間に世界から戦争が無くなることはまずありえないと思いますが、少なくともわが子達とその子供達が苦しまないことを祈りつつ、すべての人間が同様に希望すれば、平和が実現するはずなのに・・とため息をつく思いで今年も8月15日が過ぎたのでした。

 

今年も式典で追悼のお言葉を述べられた天皇陛下は、おそらく日本で最も強く戦争を憎み平和を祈っておられる方だと思います。陛下のお生まれも1933年12月、少年時代に敗戦を迎えられたお一人です。

 

都知事のお仕事を確認する好番組

f:id:fpclu:20160730174022j:image東京mXテレビの名物?番組、週間リテラシイをご存じですか?私は時々観てますが、その番組のメインキャスター上杉氏が突然に都知事選挙に立候補してしまつたので、スタッフや出演者は大変なことになっているらしい。
都知事選挙を直前に控えて、上杉氏不在で特集しているのが都庁訪問の特集です。候補者は三人しかいないかのように扱う訳のわからん適当な!テレビの世界で、このテレビ局はまともな番組を頑張って放送してます。残念ながら視聴率は一桁未満かも知れませんけど。
さあ、都民の皆さん、明日は選挙に行ってくださいませよ! 私は期日前投票してきました。タメ息をつきながら(>_<)

テレビは選挙妨害してるでしょ?

過去最多の21人が立候補した東京都知事選(31日投開票)について、朝日新聞社が23、24日に実施した電話による世論調査で、知事選への関心度を聞いたところ、「大いに関心がある」が54%に上った(7月26日朝日新聞より)

多摩だけど、私だって都民だから投票しますよ! 
今回の都知事選もおそらく「なにこれ」と驚愕するような低い投票率になるでしょう。関心があるとか無いとかの問題ではなく、この地域に住んでいる以上、その地域の行政は住民の日々の生活と将来に直接関係することなのです。特別な理由もなく投票しない人の心情が私には理解できません。「都知事がいなくても都政は淡々と進んでいる」とも言えそうですが、でもやはり選挙をスルーする気にはなりません! 私個人は今回も投票先がまだ決まらず悩んでおりますが、考えること事態にも意味があるんでしょう。

それにしても、「候補者は3人しかいない」かのように見せているマスコミ、特にテレビは究極の選挙妨害ですな!!
あの3人以外の候補者のほうがまともな政策論議をしているし、3人以外にしようかなという気持ちが強くなってきました。
ツイッターを見ていたら、「天下り」より「病み上がり」だけど勝つのは「ぶら下がり」という分かったような分からないようなコメントがあった。うまいこと言いますねえ。