独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

グリコ・森永事件の「真相」が見えるか?

前ブログ記事の通り、ラジオ番組の推奨で読んだ「蜜蜂と遠雷」がとても面白かったので、他の番組でキャスター氏がベタボメした本を調子に乗ってまた買ってしまいました。「罪の声」この本も私が滅多に読まない厚手の単行本です。

罪の声

罪の声

この小説は30数年前に日本国中を恐怖に陥れた未解決事件「グリコ・森永事件」を題材にした、ノンフィクション~フィクションの境い目に位置するような「ミステリ小説」です。土曜日TBS「ラジオなんですけど」の久米宏さんが著者をゲストに招き、最高度の評価を公言していたのでつい乗ってしまいました。私としてはあまりに膨らんでいた期待感に対して読後の満足感は追い付かずでしたが、買ったのが古書店でああり定価より安く買った本なので、損した感じではなかった、ちょっと面白かったという感じです。
久米さんがあんなにほめていたのは、あの当時現役ニュースキャスターとして事件を追いかけていた、いわば現場近くにいた人だったせいもあるのかも知れません。
アマゾンのレビューでは9割がたは高評価ですが、数少ない星一つ、星二つの低い評価を読んでみると、けっこう納得する感じがあります。小説を面白いと感じるのは、個人の感性の問題なので、向き不向きもあるのでしょう。ストーリーそのものだけではなく文章の運びかた、言葉の選択、言い回し、場面展開の頻度等々、音楽で言えば音程の高低とか、リズムの速度とか、音色などという色々な様子が感覚的に合う合わないがあるものかも知れません。読書は、特に小説は、発表から2,3年経過して文庫化されてから、つまり周りの「煽り」が無くなってから「偏見なしに」読むのが良いと感じたのでした。

「蜜蜂と遠雷」は楽しかった!(書評にあらず)

先月の直木賞発表の直前に書店に駆け込み買ったのが、滅多に買わない新刊のしかも2段組にして500頁超の厚手の単行本「蜜蜂と遠雷」です。

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 恩田さんの小説は10年くらい前に2冊ほど読んだ程度で、この作家のことは忘れかけていましたが、直木賞候補になる前から評判が良かったこの小説に急に興味が湧いての衝動買いでした。前評判通りに直木賞受賞が決定した頃には50ページほどまで読んでいましたが、遅読の私にしては相当のスピードで読み進みそれから10日ほどで読了。とても読みやすく楽しい物語でした。

国際ピアノコンクールで勝ち残りを目指す若き天才ピアニスト達の競争と友情を描き、そして彼らが奏でる音楽を「文章で感じさせる」というちょっと変わった小説です。小学校時代に数年ピアノをやっていたこともある私ですが、悲しいかな数十年の時を隔てて今は全く能力のかけらも残っていません。しかし、クラシックであれジャズであれ、どうもピアノが一番好きだなあと感じるのは、大昔の体験の影響があるのかしら?

コンクールで彼らが演奏する曲はどれも有名曲なのでしょうが、私のレベルでは聞いたことの無い曲も多く、楽曲描写を読んでいても音のイメージが浮かびません。読み進めるうちにどうしてもその曲を聴きたくなることしばしばでした。そんな時、なんとも近頃は便利な時代で、スマホで曲名を検索すれば必ずその曲の演奏を記録したユーチューブにたどり着きますね。それを聴きながら読んだりもして、そういうのも結構楽しかったのでした。

主人公のうちで最も気になっていた天才少年が弾いて喝さいを浴びた「バルトークの協奏曲3番」をちゃんと聴いてみようと思って、久しぶりにクラシック音楽のCDを購入することになりました。

 恩田さんのお陰でCDコレクションが増えました。小説って、そして音楽って、本当にいいもんですね!!

子供と若者を大切にする老人になりたい!

日本老年学会などは5日、高齢者の心身が若返っているとして65~74歳は「准高齢者」と呼び、社会の支え手として捉え直すべきだとした。高齢者は75~89歳と定義し、90歳以上は「超高齢者」とするのが妥当だとしている。(1月6日・日本経済新聞など)

子どもは国のいや人類の宝ものだ。若者は世界の希望だ。子供や若者を大切に扱わない社会は滅びるしかないだろう。子供が少なくなり高齢者が増え続ける我が国・ニッポンはどうだろうか。老人たちは子供や若者を宝物と感じているだろうか?

老人は若者より多くの経験を積んできているし、社会の様々な問題への対処方法にも精通しているはずだろう。少子高齢大国のわがニッポンの老人はどうだろうか。

若者を巻き込む高齢者の自動車事故が後を絶たず、幼児の声がうるさいと言う住人の反対によって保育施設が造れない地域も少なくないらしい。既得権にしがみつき権利ばかりを主張するオトナたちが若者の居場所と将来を奪い取っていないだろうか。

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あと数年で所謂「高齢者」に分類されることには、私はかなりの違和感を感じていたので、冒頭の高齢者の再定義については概ね賛成です。(「準高齢者」は不要だと思うが・・・)

しかしこの動きの背景には、老齢年金や高齢者医療関連の社会保険給付の増大と財政破綻懸念の大問題があるのは明白であり「あなた方はまだまだお若い!なので、年金減らして大丈夫でしょ、できるだけ自分で働いて頂戴ね!」というメッセージでもあるのでしょう。まあこの流れは、日本社会の宿命と考えるしかありません。

 

昨年の暮れに2人の息子たちにそれぞれ家族が増えて、私たち夫婦の孫が3人となりました。もう3年前から「ばあちゃん」「じいちゃん」と呼ばれることに殆ど違和感を感じなくなり、自らもその呼称を名乗ることに抵抗はありません。しかしそれは、家族同士の呼び合いのことなのであって、社会の中での「老人」「高齢者」になるとの自覚は全くございません。まして私たちの心身の実態をご存じない政府とか行政とかに「高齢者」呼ばわりされる筋合いではないのです!

(今度実家に行った時には「超高齢者」と呼ばれることになった両親に心境を聞いてみよう)

 

聞けば、何かにつけて「年齢」に拘る日本は先進国の中で特殊なんだそうだが、目上の人に敬意を表する態度などが悪いことではないと感じます。そして高齢者は何よりも多くの経験から体得したはずの教訓と知恵を次世代に伝える役割を自覚し、若者からの敬意を裏切らぬように在りたいものです。

今日は成人の日です、若者に乾杯!

初詣はいつも地元

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今年も例年通りに地元の谷保天満宮でお参りし、お札、破魔矢、お守を頂きました。

思い起こせば、息子たちが小さな頃には実家へ挨拶に行き、その帰り四人で谷保天満宮に来ていたものだ。谷保天満宮のお参りは今年で32回目、今は彼らもそれぞれの家族でそれぞれの地元で初詣をするようになり、時の流れに想いを馳せる。

幸いにも彼らも東京に住んでいるので、ちょくちょく顔を合わせることが出来ている。

今日はこれから二組の若い家族をお迎えして上は62歳から下は0歳の三世代新年会です。

こういう日常がどれ程ありがたく貴重なことか、噛みしめながら、昼から酒を飲むのだあ‼

良い年にいたしましょう。

あけましておめでとうございます。

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美しい光りを伴って新年を迎えました。

今年はいつも観ていた元日のお笑い番組を観る気にならず、報道番組観ています。

危機的状況が続きそうな世界と、もはやアメリカ任せでは通用しそうもない日本の外交。

私達もお上にお任せではやって行けなくなるでしょう。一人一人が真剣に物事に向き合う以外にありません。主役はだれか、見極める年にいたしましょう。日本を民主的近代国家に変えたいなと思う元旦です。さあ、初詣に出掛けよう。

広島カープ、日本シリーズへ!

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イヤア、よかったよかった。ペナントレース制覇からかなりの日が開き、短期決戦の落とし穴を心配していました。万一、カープが負けてしまったら、勝率6割超えのダントツ優勝の覇者でなく、シーズンを負け越した弱いチームが日本一に挑戦権を得ると言うとんでもないことになったのだ。納得出来ん!

日本のプロ野球にはクライマックスシリーズのやり方は、やめた方が良いでしょう。

兎に角、カープが勝ち抜いてホッとしたのです。さあ、悲願達成に向けて、にわかファンとして応援しよう!

競技の沙汰も金しだい?

リオ五輪が閉幕しました。オリンピックでは国と国と対抗意識を超えて、アスリート個々人の技量や、競技やゲーム自体の楽しさを堪能するべしということだそうで、「メダルラッシュだ!日本がんばれ!!」ばっかり叫んでいるのは明らかに五輪精神に反するのです。・・・と分かっちゃいるけど、やっぱりついついメダルの数には意識が行ってしまうのが我ら大衆の性なのですね。
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しかし、今回の日本代表の活躍は素晴らしかったですね、いつになく大いに楽しませて頂きました。参加するアスリートたちはそれぞれの分野でまさに命がけでそれを目指してきたのですから、メダル獲得はやはりとてもめでたいと感じるわけなのです。


リオ五輪で特に目立ったのは、日本の団体競技での大きな成果のように思います。体操男子の団体、競泳のリレー、卓球団体男女の躍進、バドミントンのペア、シンクロのデュオとチーム、そして、全員10秒台の男子100M×4リレー・・・感動しましたね。彼らの団結力の強さに感心し、試合後にお互いに感謝を述べ合う姿に感動し、見ているほうも数倍の涙にむせぶのでした。
日本人のメンタリティを大いに象徴していると感じた人は多いことでしょう。しかし、この日本人精神には功も罪もあり得るという自覚も忘れてはいかんな、と少し冷静にもなった私でした。団結力は本当に価値ある目標に向けて発揮しなければいけないのですから。

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ところで体操の内村さんも表彰式後に触れていましたが、今回大会の「君が代」はあまりにテンポが遅すぎました。あまりのスローテンポに、心を込めて唄えませんでした。どう考えても遅すぎのテンポは、ブラジル人スタッフのせいなのではなく日本側が決めたことのようです。東京五輪では、普通に斉唱できるように修正して頂きたいものです。
国旗や国歌のこと、世界の国々の経済格差のこと、平和の祭典の真っ最中にも内戦や空爆が同時進行していること、スポーツの精神とマネー至上主義のウラオモテのこと、「国」って一体何だろうということ、世界について色々と学びつつ祭りのあとを迎えて、台風直撃の灰色の空に覆われた「雨の日と月曜日」の東京です