読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

ああもっと本を読みたい!

日常

今日は酔いに任せてぶつぶつとブログなのに長い長いツイートをするのです。
ブログに記事を書こうと思っても「また政治ネタだなあ」と躊躇することが多くて、若干迷っている今日この頃です。
本当は「日々の暮らしの中で感じた由無しごとを徒然なるままに」綴るという感じでやりたいと思っているんですが、何か言いたいっと思いつくのは政治関連であることが多いのです。


このブログで何度も書いているように、中高年のオッサンになる前まで恥ずかしながら「超ノンポリ」を通してきた私ですが、その私がここ数年、政治経済や社会システムや国家統治などについての考え方を知ろうとしているというこの状態は、やはり、混迷し続ける現代日本の国民特有の状況の反映だと思います。私ですらこんなに考えるようになったのだから、日本の置かれる状況はよほどのことなのだ。ということでしょう。


政権交代というごく当たり前のことを「ようやく初体験」していること。
すべての近代国家の悩みのたねである国防という問題を、生まれて初めて考えるようになったこと。
政府と行政庁の関係や、国と地方の関係や、企業と労働者の関係や、資本主義と社会主義の関係、その他もろもろの「世界の問題」について自分たちも考えなければいけないのかなあと思うようになってきたこと。
親方日の丸、他人任せ、事なかれ主義、臭いものふた路線、には限界があるようだと気付いたこと。
マスコミが流す情報が真実ではない可能性は実はかなり高いらしいこととか、正義の元締めであるはずの警察や検察の言うことが正しいわけではないこととか、多数決原理による民主主義の仕組みがちっとも理想的でないこととか、日本ほど差別を放置している国はないということとか、いつの間にかやたらと自殺が多い国になってしまったいることとか。


そうした沢山の問題の根源はもちろん一言で言えうるようなものではないにしても、ひとつだけ言いきれることがあると思うのは、「自分で考えて自分で動く」ことを忘れている人間が増えすぎていることが大問題だということです。


とにもかくにも日本人は「自分で考える、自分で決める、自分で歩く」ことを取り戻す必要があります。人に、あるいは時代に身を任せてゆらゆらと泳いで生きるのもひとつの生き方、しかしそうであっても、それを選んだのは私ですから、とういうことでなければいけません。

人間のことを、世界のことを知ろうと思うようになった無学な私には、せいぜい本を読むことから始めるしかないのです。そうして、今日もまた、読んでいない本が本棚のスペースをなくしてゆくのです。あああ、本が読みたい! 映画も観たい、落語も聴きたい、音楽も聞きたい、ギターも弾きたい、こういう風に思っているうちは自殺はしないのか。