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独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

■大人になれない

信条・意見


今週52歳になりました。人生の概ね半分以上を生きた訳です。これから今までと同じだけの時間があるのなら結構人生は長いものです(無論、明日突然死んでしまうかもしれませんが・・)。
物心がついて以来(つまり自己分析や自己評価ができて自分のことを語れるだけの自我を意識するようになってから)40数年も生きて来たというのに、いまだに自分が大人になれていないと強く感じます。
特に自分の意見と相反する意見と接した時に冷静さを保てないことについては、いつになれば克服できるのかと情けなく思うのです。


異なる意見とぶつかった時に「なんとか自分の意見を通そうとする基本姿勢」であるのか「なんとか互いの意見の調整を図ろうとする姿勢」であるのかは人によって大きく違いますね。
私は元来ケンカのできない性格のため、基本的には後者の調整型だと思いますが、相手の態度があまりにかたくなである場合には、ついつい自分自身も押し通そうとする傾向も否めません。そしてそういうやり取り、言い争いがあった後には大抵後味の悪い一日を過ごすことになります。
「正しいと思ったら自分の意見を曲げない」と言えば格好良く潔い姿勢であるようにも感じますが、言い方を変えて「人の意見に耳を傾ける姿勢が無い」となれば、これはただのバカですからね。こういうのが、人間社会の大変むつかしいところですが、現実には皆が何らかの調整や妥協を経て、なんとか無事に日々を過ごしています。


大儀を果たし悠々と余生をお過ごしの退役首相コイズミ氏の靖国参拝について、その是非を問うアンケート、世論調査などの結果は当然ながら賛否が分かれています。新聞、放送局などマスコミでは概ね5分5分かあるいはやや賛成多数という感じが多いのですが、そういう傾向とはかなり掛け離れて目立つ結果を出しているサイトがあります。
ライブドアニュースでの読者アンケートによれば「首相の参拝に賛成が80%を超えている」というのです。


マスコミ、大新聞のアンケートなどでは、聞かれたから応える式の調査が主流でしょう。
それに対して依頼も無いのに自らあえてアクセスして投票する類のライブドアの方では、答える人の傾向が全く異なっている可能性がありますし、その結果所謂ネット右翼という人達がこのサイトには多く集まるのかもしれません。
また今の日本では右寄りの意見は左よりも発言しやすい傾向もあるのかもしれません。


私は現政権の如く親米保守路線や新自由主義を推し進める現在の右向きの傾向には反対です。自国民の民族的優位性を高らかに宣言して世界のリーダーとなるべきだなどという主張にも基本的に反対ですし、先の戦争は間違いではないとの意見にも反対です。他国に軍備をもって入ってゆくことには理由はともかく反対ですので。大体、「中国・韓国に言いたい放題言わせるな」なんていう前にアメリカからの独立が先でしょう。
構造改革には賛成ですが、今の日本で進んでいるらしい構造改革には反対です。
大企業の横暴な態度が許せない、主役は常に市民であるべきだ、資本家、経営者を信じないなどと口走っては、君はアナーキストか、などと言われたりしています。


しかし、日本国民は優れた面をたくさん持った国民だと信じていますし、日本に生まれてきて幸せだとも感じています。昭和天皇ご崩御の際に職場が近かったこともあって、皇居に一礼しに出かけましたし(記帳もしましたよ)、八王子市にあるお墓にも行ったことがあります。こういうことを話すと、学生時代に左翼活動経験のある先輩には驚かれます。皇室の特集番組をよく見るなどと言えば、ええ右翼なんですかなんて言われます。


どうしてそんなにどっちかに分類したがるのか不思議ですが、おそらくその方が簡単で分かりやすいとの思い込みよるものでしょう。
「改革を進めるのか、止めるのか、どっちですか」のワンフレーズで成功したコイズミ劇場に象徴されるように、マルかバツかで単純分類するのがポピュリズム時代に則したやりかたなんでしょうが、私はそういうのには大いに違和感を感じます。


私は私の考えをいつも明言できるように、そして異なる意見の人とも、普通に対話ができるようになるために、やはりもっと勉強をしようとあらためて思うのです。

映画「たそがれ清兵衛」で主人公の清兵衛がその娘から「学問をするとどうなりますか?」と聞かれたときの答えが強く印象に残っています。彼の答えはこうでした。


「学問をすると自分自身で考えることが出来るようになるのだ」・・・非常に大切なことですね。