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独立FPの独白ブログ

この世界を少しでも美しい姿で後世に引き継ぎたい!

今日は久し振りに電車で感動

以前にコラムでも書いたのですが、車での移動が多い私は、たまに電車に乗ると色々なことが気になり、頭に来ることも多くて困っているのです。 例えば、通勤電車で平然と化粧するネエチャンとか食事するオバチャン(飲み物付き)、大声で携帯で話し続けるオッサンとか、ひとりで3人分の座席を占有するニイチャンとか色々です。 本当に、もう電車なんかに乗るものか、とその時には思うのですが、現実そうもゆきません。


ところが、今日は電車に乗っていて実に素敵な経験をしたのです。 座っていた20歳代の若者が、杖を使いながら乗車して来た盲目のおじさんに対して即刻立ち上がって、声を掛け、更に手を取って自分が座っていた席に誘導しました。
すぐそばのドア付近に立っていた私は、その素早さと物腰の優しさに感激してしまいました。 なんだかとてもキレイなものを見たように感じて、恥かしながら少し涙が出てしまいました。
涙まで出るのは、これは最近歳のせいで涙腺が異常なほどにゆるんでいるためでありますが、とにかく美しい光景だったのです。


その数分後、別の駅で、少しだけ身体の不自由そうな70歳代位の女性が乗ってきて、今度は30歳代の背広の男性がこれもすぐさま立ち上がって席を譲りました。
私の涙腺は今一度緩んでしまったのですが、たった数分のうちに二度も人間の優しさを目撃することができ、心から嬉しく思いました。
日本はまだそうそう捨てたものではないかも知れませんよ。


高田渡氏(故人)の唄に、老人に席を譲るタイミングを逸してしまった女の子が目を伏せて座っている光景を、美しい夕焼けも見れずに可哀想だと同情する唄があります。(夕焼け)
優しさを素直に発揮できない場面とか、人に対する思いやりをストレートに表現できない状態というものは、実は人間にとって不幸なことなのです。
社会的動物である人間がおそらく本能的に持っているらしい「優しさ」がいつも自然に発揮されるような世の中にしなくてはいけません。


今日は電車に乗って、良かったです。